1964年8月1日、VANは古くて狭い日本橋本町のビルから、
北青山3丁目に完成したての「AYビル」に移転した。社員も売り上げも急増し、手狭になったのが理由。
青山通りと、外苑西通り(キラー通り)が交差する角に建つビルは真っ白で、まぶしかった。
この辺り一帯は東京五輪のために開発されたばかりで、
「旧青山人」と「新青山人」が混在する山手の下町だった。
驚いたのは、3丁目の交差点に信号が無かったこと。
夕方になると直進車と右折車がからみ合い、時にはけんかに発展した。
目の前で展開する交通渋滞ショー見物もすぐに飽き、誰も見なくなった。
商業地の日本橋に比べると当時の青山は発展途上、もっと言えば田舎に見えた。
街行く人たちもやぼったく、おしゃれな若者などは見当たらなかった。
64年、青山通りで一番カッコ良かったのはVANの社員。帽子をかぶり、ネクタイを締めた新青山人たちだった。
(つづく)
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