Maker's shirt 鎌倉

貞末良雄のファッションコラム

カンブリア宮殿秘話【最終話】


暗い楽屋裏を案内され(何と多くのスタッフが下働きしているのだろう)例の階段へ。
途中、製作担当者から、「私が合図したら階段を登って下さい」
階段下は、すでにモニター撮影されている。

衿を正して、気合いを入れながら、目は階段ではなく、横目で合図を待つ。
どうも不自然なポーズだ。
登場への気分の集中が出来ない…
やがてとは言っても一瞬であるが、合図の手が挙がる。
よし行くぞ!

モニターに映っている、私の表情を観て、私の応援団の皆様は、私がすごく緊張していると思ったらしい。
“会長が上がってしまって、失敗したらどうしよう”等々、余計な心配をしていた様だ。
気合いを入れて、覚悟を決めているから、皆が思っていたよりは、上がっていない。
ぶっつけ本番への戦闘開始だ。
どこからでも来いの心境である。

段差の大きな階段で、登り難い。私の足の長さは計算に入っていない様だ(当り前だが)。
壇上に上がると既に村上さん、小池さんが出迎えて下さる。テレビで見たシーンだ。

椅子に座わる。あまり座り心地がよくない。
見た目よりは質素な作りで、大きくて、どう座ってよいか。
座った時に、どんなポーズが良いのか。
一番困ったのは、手の位置である。腰掛にも置けない。
村上さんの座り方を模似する。何しろ2時間の収録だから、長期戦の座り方が必要だ。

落ち着くと、心配そうな応援団が左下に見える。私より緊張している様だ。
いつもの視聴者の姿が見えない。
5台のライトが照している。
まぶしいので、ライトは見ない様に心掛ける。

スタンバイの前に、スタイリストが服装のチェックをする。
私のネクタイのセンターディンプル(窪みをつける)をプレーンに直そうとする。
メンズウェアは、少なくとも私はプロだ。スタイリストの指示には従えない。
応援団は固唾を呑んで凝視したそうだ。
“あっ!まずい”
直されたタイの結びを元に戻す。

くだんのスタイリストは村上龍さんに近づく。
私が直しましょうか、と声を掛けるが、従う様子もない。
この番組では、村上龍さんのタイの結び目がいつも気になっていたので(センターディンプルがない)、思わず御節介をやきたくなる。
いよいよ撮影開始。
見えるのは正面のライト、左下隅に陣取っている応援団。
右手に村上さん、小池さん。
カメラに向いて喋るのは当り前だが、質問される右手の両名の方を見逸すわけにはいかない。
カメラは私にとって、テレビを観て下さる方々であるから、その人達に語りかけることが重要で、この番組は、私と村上さん、小池さんの座談会ではない。
考えてみれば、会社のコマーシャルを、テレビで放映する費用は、天文学的な金額だ。
54分間も放映される。コマーシャルの意図は無いにしても、それなりに会社の認知は高まる。私の言葉、ワンフレーズは何百万か??
この場合、沈黙は金どころではない。
一言金の如しである。

村上さんの表情が柔い。シャツ好きだからかな。
質問は流石である。多忙を極めている売れっ子タレントである。
時間が無くて、小さなシャツ屋のオヤジとの対談に、準備の時間はない筈だ。
数々の質問、どうしてこんなに、私達の会社を、シャツを、流通の事を知っているのだろうか?

私と村上さんのやり取りを、熱心に耳を傾ける小池栄子さん。
その表情は、テレビには映らないが、聡明そのものだ。この人は頭の良い人だと思う。
それ以上に、テレビで観るよりもチャーミングである。
グラマー女優さんと聴いていたが、とんでもない。
私の話を真剣に聴いて、うなずいて下さる。
村上さんは、何を聴いても驚かないポーカーフェース然とした処もあるが、小池さんの態度に勇気づけられ、思わず饒舌に、スラスラと語れる。
村上、小池のコンビの謎が解ける。
あっと言う間に2時間も終了か・・・

「ところで貞末さん。最近のリクルート…入社試験を控えた方々にアドバイスを」、と村上龍さん。
全く忘れていた、スタジオの視聴者の方々。
私の位置からは、左傾め後方で完全に視界に入らない位置に座っている。
予期せぬ質問。後ろを振り返って、初めてみるリクルーターの方々。
この質問は、とまどってしまう。
一生懸命、私の答えを待っている方々に、何かを言ってさし上げなくては…
このシーンだけは、私が何を言ったか憶えていない。心配だ…

最後に小池さん。
「どの方にも同じ質問をしていますが、あなたは、何の為に誰の為に仕事していますか?」
(番組では割愛されてしまったが)
私が「日本と、日本人の為に」と応えた時に、小池さんの目頭にうっすら涙が浮かんだのです。
この人は日本人なのだ。日本を愛している!
外見の美しさより更に内面の美しい人だ。
思わず収録中である事も忘れ、感動してしまう。
私も泪ぐみそうで困ってしまった。

放映後8カ月も経って、秘話といってもすこし間延びしましたね。申し訳ありません。

12月14日 放映を観る。翌日村上さんからメール戴く。「良い番組でしたね」 8月中から撮影が始まり、スタジオ収録11月4日、それからも駄目押しの取材、撮影。
100時間以上にも及んだと思う。
それを50分に編集。夜昼問わず、テレビ局のスタッフの働き振り、熱意と体力に心から敬意を表したいと思う。私ではなく番組はこの人達の汗と涙の結晶なのだ。有難う。

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メーカーズシャツ鎌倉株式会社
取締役会長 貞末 良雄

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